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第4話 決断



コウと別れたあと、私はホタルを連れて自室へ向かった。
途中の廊下で目を覚ましたホタルは、酔いを醒ましてきますと言って外へ行ってしまった。
部屋に一人戻った私はすぐにベッドに潜り込んだがなかなか寝付けず、結局起きて今日購入した本を読むことにしたのだが。

君の人生は君のものだ。彼女が決める事ではない。

その言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

人は一人では生きていけない。
でも自分の人生をどうするかを決めるのは、他の誰でもなく自分自身だ。
そんな当たり前のことを言われて戸惑っているということは、多分それが出来ていないからだと思う。
自分で決めろと語りかけてきた深緑の瞳にそのことに気づかされたとき、私はとても恥ずかしくて情けない気持ちになった。

今思えば、これまで私は自分で決めて能動的に行動を起こしてこなかった気がする。

身近なことで言えば、ホタルはそれが自分の務めだといって、家事をはじめとして私の身の回りの世話をしてくれている。
私は料理も作れないから毎日の献立だってホタルに任せっぱなしで考えることはないし、その日着る洋服も私が朝起きる前にホタルが準備をしてくれているから自分で決めたことがない。

ホタルには言葉では言い尽くせないほど感謝している。
でも、たしかに私はホタルに頼りすぎていたのかもしれない。







だからといって、ホタルと過ごしてきた日々に不満を感じていたとか苦痛に思っていたとか、そういうのでは決してない。
ホタルの淹れてくれるお茶を飲みながら見晴らしのいいテラスで読書をしたり、花を摘みに行った庭でそのまま二人で昼寝をしてしまったり、ホタルと一緒に買い物に出かけたりして過ぎていく時間はいつだって楽しくてとても幸せだった。
毎日が穏やかに流れていく小さな箱庭にいることに疑問を抱くこともなかったし、このまま記憶が戻らなかったとしてもそれはそれでいいと思っていた。

でも、箱庭の外に私の知らない世界が広がっていることを知ってしまった。
そして、そんな世界を見てみたいという強い思いが生まれた。

にもかかわらず、私は箱庭にとどまり続けることも同時に望み、こうして自分がどうしたいのかを決められずにいる。
しかしそれは、真実を知ることで平穏だった日々が崩れることを恐れているだけではないのか。
一緒に来るかと聞かれたときも、ホタルのせいにしてただ逃げただけではないのか。
そう、ただ逃げているだけ――







読んでいても内容が全く頭に入ってこなくて、私は栞を挟んで本を閉じた。新しい本の匂いが鼻をかすめる。
ふわふわのベッドに身と本を投げ出し、大きくため息をつく。

「…ホタル、遅いな…」

ホタルが出て行ってからすでに一刻は経っている。
何かあったのだろうかと心配になって身を起こしたとき、ドアをノックする音がした。

「すみません、遅くなりました」

――よかった、帰ってきたみたい。

ホタルの声にほっと胸を撫で下ろした私は、いそいそと扉を開けに行った。







部屋の前には申し訳なさそうにしているホタルと、その横でやんわりと微笑んでいるコウがいた。
ありえない組み合わせの二人が並んで立っていることにあっけに取られた私は、しばらく目をしばたかせていた。

「あ、あの…お嬢?」

状況が飲み込めずに固まっている私の顔の前でホタルはひらひらと手を振った。
そんな私たちの様子をコウはくすくすと笑って見ている。

とりあえず二人を部屋へ招き入れた私だったが、やはり状況が飲み込めなくてホタルとコウを交互に見ていた。
そんな私にコウは外でたまたま会ったのだと意味深に笑いながら言うし、そんなコウをホタルは横目で見ているだけだった。

――仲良くなったの…かな?

首をひねりながらそんなことを考えていると、ふとホタルが私のほうに向き直った。
満月のような瞳が言外に真剣だったので、私も姿勢を正す。

「お嬢、正直に答えてくださいね」

「は、はい」

まるで隠していた悪戯がばれてこれから問い詰められようとしている子供のような気分だ。
私はどきどきしながらホタルの次の言葉を待った。

「…お嬢は…世界が見たいですか?」

「聞いてたの?」

目を丸くする私にホタルはすみませんと言ってうつむいた。
てっきり泥酔して寝ているのだと思っていた。

世界が見たければ返事をくれ。
それは先ほどコウに投げかけられた言葉だった。
思わずコウのほうを見る。
困っているような、ともすれば諭すような何ともいえない顔でわずかに微笑んでいる。

しばらくしてホタルは顔を上げた。

「お嬢が行きたいと言うのなら、私は止めません」

だから、と続けたホタルは、

「お嬢の本当の気持ちを教えてください」

と、私の目を真っ直ぐ見た。

「私…」

落ち着きなく目を泳がせながら口ごもる。

これは私のこと。
だから、自分で決めないと。
いつまでも誰かに委ねてばかりじゃいけない。

それに、答えはもう出ている。

ただ逃げているだけ。
もう、そんなの嫌だ。

「私、世界を見てみたい」

知らない場所へ行くのはとても不安だけど、ここでまた箱庭に戻ってしまったら、これから起きる全てのことが、何より自分がだめになってしまう気がする。
きっと、一生後悔する。

私の回答にホタルの顔が一瞬悲しげに歪んだ。
しかしすぐに微笑むと、知らぬ間に白くなるほど強く握り締めていた私の手をそっと包み込むようにして取った。
その微笑みは春の日差しのようにやわらかくて、私の中の期待や恐怖やいろんな感情を全て溶かしていく。
溶け出した感情は涙となり、そして堰を切ったように溢れ出した。



翌日、旅の支度をするために私たちはブラックウッドの自宅への帰路に着いた。
朝一で帝都を出立することは前途したが、それでも屋敷に着く頃には日が暮れている。
帰ってきたその日は屋敷で過ごすことになり、次の日に発つことにした。












「どうしてもだめですか」

「だめ」

「ああああぁああぁぁ…」

鎧の金具がしっかり留まっているかチェックしながらホタルが情けない声で呻く。

昨夜、夕食を食べているときに決まったことなのだが、今回旅に出るにあたってホタルは同行させないことになったのだ。

「言ったでしょ。ホタルが一緒だと、私きっと甘えちゃうから」

「何を遠慮なさってるんですか! それが私の生きがいなんですよ!」

「だから、それがだめなんだってば」

「あぁぁああぁぁぁあぁ…」

今日何度目かわからないやり取りにコウがくすくすと笑う。

コウと二人で行くと言い出したのは私だった。
そんな私の決意に断固として反対していたホタルだったが、彼女の自由にしてやれと言うコウの一声でしぶしぶ同意したのだ。
明らかに嫌っているコウの言うこと聞くなんて、やっぱり宿屋で何かあったに違いない。
そう思って二人を問いただしたのだが、いやとかまぁと言って結局どちらにもはぐらかされた。

「はい、これで大丈夫です」

点検を終えたホタルは、はぁと寂しそうにため息をつきながら手際よく旅支度を整えていく。
私も何か手伝おうとしたが、ホタルに聞かないとどこに何をしまってあるのかがわからなくて、結局じっとしていることが一番邪魔にならないとわかり、私はコウと一緒に部屋の端のほうにいることにした。

私が一人で屋敷を出ることが決まると、ホタルはどこからか黒塗りの長い木箱を持ってきて、その中には豪奢な金の鍔が美しい大振りの剣が納められていた。
剣はその大きさからは考えられない軽さで、頑張れば片手で持ち上げられるほどである。柄も私の手の形に合わせて作られたのかと思うほどすんなり馴染んだ。
さすがにフリフリのドレスで旅は出来ないので、鎧は帝都で購入した。白と青を基調とした陶磁器のような鎧で、異国風の獅子をかたどった肩当てが印象的だ。

これが研磨道具が入っている箱でその革の袋には金貨が入っていて、と一通り説明し終えたホタルは、壁にもたれて一緒に説明を聞いていたコウをじろりと見た。

「…お嬢の身に何かあれば、あなたを殺しますからね?」

「心得た」

物騒なことを言うホタルに、コウはにっこりと微笑み返す。
ホタルはいやそうに顔を歪めると、再び私のほうに向き直って旅の諸注意をし出した。

――もしかしてコウ、ホタルが嫌がるのをわかっててわざとやってる?

何故かそう思いコウをちらりと見ると、不意に目が合った。
例の如くコウはその場が光で満ち溢れるような微笑みを湛える。
その真意を測りかねる笑顔に、私は微妙な笑顔を作って応えた。







「寝る前は歯をちゃんと磨いて下さいね! 落ちてるもの拾って食べちゃだめですよ!」

「食べないわよ」

準備が整い、向かった玄関先で笑いながら言う私にホタルが抱きついた。

この二年間、ずっと一緒にいたホタル。
傍にいるのが当たり前になっている彼女とこれから離れて過ごすというのはやはり寂しい。
それでもなんだか実感が湧かないのは、きっとこれが今生の別れではないからだと思う。

ありがとうと私が頭を撫でると、回した手にわずかに力が込められた。

しばらくしてホタルはゆっくりと体を離した。
そしてかすかに揺れた金色の瞳を細めて口の端を持ち上げる。

「…いってらっしゃい」

あまりにも穏やかな声音に私は思わずのどを詰まらせた。

”いってらっしゃい”があるということは”おかえり”もあるということだ。
だから、これが最後じゃない。
だから、泣かない。

「いってきます」

私はホタルに負けないくらいの穏やかな笑みを満面に浮かべた。

自分の足で立って、自分の目で世界を見る。
運良く過去を取り戻したとしてその過去が私にとって辛いものだったとしても、それに負けないくらいに強くなる。
胸を張って”ただいま”と言えるように。







吸い込まれそうな蒼天が広がる昼下がり。
私の旅がはじまった。





* * * * * *



オブリのロールプレイ日記、やっとこさ更新ですヾ(゚ω゚)ノ゛
この話はずっと前に完成してたんですが、小出しにしないと今以上に間が空くなぁと思って出し渋ってました(ノ∀`)タハー
現在続きをとろとろと執筆中です。
更新できるのはいつになることやら…w

オブリビオンの記事がちょびちょび増えてきたのはいいんですが、自分でも検索しにくいなぁと思って目次を作りました。
それに伴ってこのロールプレイ日記にも題名をつけました。
仮題のつもりでつけたんですが、イマイチいい名前が思いつかないのでもうこのままでいくかもw


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